パーソン・センタード・ケアとは~認知症ケアの考え方~
パーソン・センタード・ケアとは
パーソン・センタード・ケア(Person-Centered Care)とは、1989年に英国の心理学者トム・キットウッド(Tom Kitwood)によって提唱された認知症ケアの考え方を指します。この考え方は、認知症を患っている方々を単に「患者」として接するのではなく、一人の「人間」として尊重し、その人の個性や価値観、ライフスタイルに基づいてケアを提供することを目指しています。これまでの認知症ケアでは、患者さんが特定の行動を取ったり、言葉で意思を伝えることが難しい場合、それがすぐに「問題行動」と見なされることが多くありました。しかし、キットウッドはそのような見方に疑問を投げかけ、認知症を持つ方々も自分の意思や感情を持ち続けており、それらが何らかの形で表現されていると考えました。この視点が、パーソン・センタード・ケアの基本的な考え方です。
パーソン・センタード・ケアを軸とした関わり方
「認知症の方が自分の意思を表現できなくなる」というのは大きな誤解です。病気が進行するにつれて、自分の思いを的確に言葉で表現することは難しくなりますが、部分的にでも自分の意思を表現できることは多くあります。そのため、認知症患者が発する言葉や行動には必ず何らかの意味や訴えがあるという視点を持つことが重要です。例えば、ある患者さんが突然怒り出したり、不機嫌な態度を取った場合、それは単なる「問題行動」ではなく、その背景には痛みや不安、孤独感などが隠れている可能性があります。このような場合、介護者や医療スタッフはその行動の背後にある感情やニーズを理解しようとする姿勢が大切です。これこそがパーソン・センタード・ケアの実践であり、認知症を持つ方々の「その人らしさ」を尊重していくことができるのです。
パーソンフッドとは
パーソン・センタード・ケアでは、「パーソンフッド(Personhood)」という概念が非常に重要です。これは、「その人らしさ」を尊重し、その方固有の価値観やライフスタイルに基づいてケアを提供するという考え方です。認知症になったからといって、その人自身の人生経験や価値観が消えてしまうわけではありません。それらを無視してケアを提供することは、その人らしさを奪ってしまう可能性があります。例えば、音楽が好きだった患者さんには、その趣味に関連した音楽療法などを取り入れることで、「その人らしさ」を引き出すことができます。また、ご家族との思い出話や写真を見ることで、過去と現在をつなぎ、その方自身が安心できる環境づくりも大切です。このような工夫によって、その人自身の魅力や個性を尊重したケアが実現します。
薬物療法だけではない認知症ケア
近年では、認知症に対する薬物療法も進化しており、認知機能障害やBPSD(行動・心理症状)に対する薬物治療の有効性も報告されています。薬物療法は確かに重要ですが、それだけでは十分ではありません。薬物による治療効果だけではなく、認知症患者さんご本人の意思や生活の質(QOL)にも焦点を当てることが必要です。パーソン・センタード・ケアでは、薬物療法と非薬物的なケアとのバランスが非常に重要視されます。例えば、不安からくる攻撃的な行動には薬物治療だけでなく、その方固有の不安要因を取り除くための環境整備やコミュニケーション手法も併用されます。このような多角的なアプローチによって、一人ひとり異なるニーズに応じた最適なケア方法が提供できるようになります。
当メンタルクリニックでは、日本老年精神医学会専門医・指導医資格を有する医師による診断、公認心理士・日本老年精神医学会認定上級心理士による詳細な認知機能障害の評価、血液検査やMRIやCTなどの画像検査も実施しております。お気軽にご相談ください。