もの忘れ外来・軽度認知症(MCI)について
当院では、日本老年精神医学会専門医・指導医資格を持つ医師が診察いたします。厚生労働省の発表によると、2018年には本邦における認知症を有する人は500万人を超え、65歳以上の高齢者の方の約7人に1人が認知症を有すると言われています。そのような状況下で、認知症施策推進関係閣僚会議において、「認知症施策推進大綱」が令和元年6月18日にとりまとめられました。
ここで大きなキーワードとして「共生」、「予防」の2つが発表されています。
認知症になっても住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられる「共生」を目指し、「認知症バリアフリー」の取組を進めていくとともに、「共生」の基盤の下、通いの場の拡大など「予防」の取組を重視するようになりました。
厚生労働省では「共生」、「予防」を下記のように提言しています。
※「共生」とは、認知症の人が、尊厳と希望を持って認知症とともに生きる、
また、認知症があってもなくても同じ社会でともに生きる、という意味です。
※「予防」とは、「認知症になるのを遅らせる」「認知症になっても進行を緩やかにする」という意味です。
ここではまず「予防」について説明させていただきます。
近年、軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment; MCI)という概念が注目を浴びています。「予防」とは軽度認知障害(MCI)から認知症への移行を防ぐという意味合いが強いです。
軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment; MCI)とは?
軽度認知障害(MCI)とは、Petersenらによって提唱された概念であり、下記の3つの項目により特徴づけられます。
- ①認知機能は正常でもないが認知症ではない。
- ②認知機能低下の存在(本人および/または第三者からの申告)
- ③基本的な日常生活は保たれており、複雑な日常生活機能の障害軽度にとどまる状態
厚生労働省によると、65歳以上の高齢者に方の軽度認知障害(MCI)の方の有病率は13%と推定されています。
従来、軽度認知障害(MCI)は認知症の初期段階として捉えられてきましたが、最近の研究では、reversionと言って、正常な認知機能に戻る方も、日本の高齢者を対象にした研究では43%にも上るとの報告もあります。
このような報告から、軽度認知障害(MCI)の早期発見・早期予防の重要性が説かれています。次に軽度認知障害(MCI)で現れる症状をいくつかご紹介します。
軽度認知症(MCI)スクリーニング検査について
【当院における診断・テスト・検査】
もの忘れ外来とは、「加齢による物忘れ」か「病気による物忘れ」かを診断し、治療する外来です。
物忘れが疑われる症状が現れても、「年齢のせいだから」と病院の受診をためらってしまう方は決して多くありません。
しかし他の病気と同様に、物忘れも早期診断・早期治療が非常に重要です。
「もしかして経度認知症(MCI)?」と思うことがあったら、できるだけ早めに検査を受けましょう。
早期発見の重要性
軽度認知症(MCI)は進行性の疾患のため、早期に発見し、適切な対応を行うことが非常に重要です。早期発見により、以下のような利点があります。
治療の選択肢が広がる
髄液の吸収・排出障害に起因する脳実質の障害です。
認知機能障害に加え、歩行障害、尿失禁の三主徴を呈します。
頭部の画像所見では、脳室拡大およびシルビウス裂の開大、高位円蓋部の脳溝とクモ膜下腔の狭小化が観察されます。
軽度認知障害(MCI)とは?
認知機能の低下はあるものの、複雑な日常生活機能に軽度な支障をきたす程度にとどまっている状態。認知症とは診断されず、基本的な日常生活は保たれていることが特徴です。軽度認知障害の段階で適切な介入を行うことで認知症への進行を遅らせることができ、場合によっては元の状態に回復することが可能です。
生活の質を高めることができる
早期発見することでお悩みが深刻になる前に負担を軽減することができます。また、日常生活の自律性を長く保つことができたり、患者様自身が将来についての計画を立てやすくすることもできます。
適切な社会的サポートを受けることができる
今後起こりうる事象を予測し、その対応を家族が知ることで安心して暮らせます。専門医による診断を受けることで介護保険の申請などの社会資源の利用も可能になります。
このような症状でお困りではないですか?
- ・もの忘れの自覚がある
- ・「いつも同じ事を聞く」「ものを置いた場所を忘れる」などのもの忘れがあると言われる
- ・バスや電車などの公共交通機関を利用した一人での外出が難しくなった
- ・日用品の買い物やお釣りの計算が難しくなった
- ・銀行や預貯金の出し入れが難しくなった
- ・料理の手順がたまにわからなくなる、味付けが変わってくる
- ・言おうとしていた言葉が出にくくなり、「あれ」や「それ」といった代名詞が多くなる
このような症状がみられる場合は、専門医の診察を受けることをお勧めします。
当院の「もの忘れ外来」では、日本老年精神医学会専門医・指導医資格を有する医師による診断、公認心理士・日本老年精神医学会認定上級心理士による詳細な認知機能障害の評価、血液検査やMRIやCTなどの画像検査も実施しております。お気軽にご相談ください。
みなさまによりよい生活を送れるようにお手伝いしていきたいと思っております。
症状が当てはまったらどうすればよい?
これらの症状が当てはまったからといって、軽度認知障害(MCI)の診断には至りません。診断には、今までの生活環境・身体的疾患の有無・現在の生活状況など総合的な視点を伺います。そのうえで、認知機能評価を行い診断します。
例えば、うつ病を例にとると、うつ病でみられる「思考制止(考えが前に進まなくなる)」といった症状から、軽度認知障害(MCI)との鑑別が重要となってきます。
そのため、専門医による診察が必須であると考えます。
軽度認知障害(MCI)と診断されたら?
軽度認知障害(MCI)と診断されたからといって悲観的になることはありません。上に述べたように、最も頻度の高い健忘型の軽度認知障害(MCI)の方の約半数が正常な認知機能に戻ると報告されています。したがって、下に示すような生活習慣の改善に努めましょう。
- ・余暇活動や社会活動への参加
- ・血圧や糖尿病などの良好なコントロール
- ・禁煙・禁酒
- ・運動習慣を身につける
- ・食習慣の改善
これらは軽度認知障害(MCI)から認知症への移行を妨げる因子として、推奨されています。特に、余暇活動や社会活動への積極的な参加は、社会的心理幸福度が増すことで、強く推奨されています。
認知症性疾患について
認知症性疾患と一概に言っても、アルツハイマー型認知症・レビー小体型認知症・前頭側頭型認知症・血管性認知症など、その原因はさまざまです。したがって、それぞれ治療も症状もご家族が抱える介護負担も異なってきます。
まず認知症性疾患における治療の流れをご説明します。
認知症性疾患の診断に至るまで
認知症性疾患の診断はいくつもの疾患を除外したうえで行われます。
このようにさまざまな疾患が認知症に似た症状を呈します。
①うつ病・せん妄の除外
まず、第一にうつ病を除外します。
うつ病とは?
抑うつ気分、意欲・興味・精神活動の低下、焦燥などを特徴とした精神疾患です。
考えが前に進まない「思考制止」や集中力の低下から、見かけ上の認知機能低下を示すことがあり、「仮性認知症」とも呼ばれます。
特に、高齢者の方では治療を早期に始めれば改善するので、見逃さないことが重要です。
次にせん妄を除外します。
せん妄とは?
意識障害に伴い可逆性(治療により改善する一過性)の認知機能障害を呈することがあります。付随して、幻覚や不眠などの精神症状を伴うこともあります。
せん妄の特徴として下記の2点が挙げられます。
・症状が一日の中で著明に変動すること
・注意障害によりケアレスミスが観察されること
せん妄は原因となっている身体的(脱水・低栄養など)ないし薬剤的な問題(多剤を内服しており、その中に認知機能障害を呈するものがある)の介入により改善します。
病変部位 | 原因 |
---|---|
頭蓋内疾患 | 正常圧水頭症・慢性硬膜下血腫・脳腫瘍・てんかんなど |
身体症状に起因するもの | 呼吸不全・不整脈・貧血・尿毒症・肝不全・電解質異常など |
欠乏状態に起因するもの | ビタミンB1欠乏症・ビタミンB12欠乏症・葉酸欠乏症・ニコチン酸欠乏症・低血糖など |
内分泌疾患 | 甲状腺機能低下症・副甲状腺機能異常・副腎機能異常など |
炎症性・自己免疫性疾患 | 多発性硬化症・神経ベーチェット・中枢神経ループスなど |
中枢神経系感染症 | 神経梅毒・HIV脳症・脳炎・髄膜炎など |
薬物あるいはアルコール | 向精神薬・抗パーキンソン病薬・抗てんかん薬・抗ヒスタミン薬・H2遮断薬などの投与アルコールなどの飲酒歴 |
ここでは比較的頻度の高い治る認知症についてご説明します。
正常圧水頭症
髄液の吸収・排出障害に起因する脳実質の障害です。
認知機能障害に加え、歩行障害、尿失禁の三主徴を呈します。
頭部の画像所見では、脳室拡大およびシルビウス裂の開大、高位円蓋部の脳溝とクモ膜下腔の狭小化が観察されます。
慢性硬膜下血種
血腫が脳を圧迫することで片麻痺や失語など神経所見が生じます。
頭部外傷の既往を聴取することが必要です。
アルコール多飲歴のある患者などでは、病歴から明らかにならないことも多いです。
4大認知症
アルツハイマー型認知症
認知症の原因となる半数以上はアルツハイマー病と言われています。病初期から記憶障害を呈し、特に、「いつ、どこで、何をしたか」という出来事の内容(エピソード記憶)の障害が、病初期から目立ちます。
物を置いた場所を忘れてしまう、同じことを何度も聞き返すといった症状は、障害に起因するものです。また、日付の感覚があいまいになるといった見当識の障害などがみられることもあります。
血管性認知症
脳梗塞や脳出血といった脳血管障害に関連して出現する認知症の総称です。脳血管による血流障害の部位や程度により、症状は様々です。細い血管の梗塞(ラクナ梗塞)が多発すると、主に前頭葉への血流低下につながり、怒りっぽさなどの症状を呈します。
一方で、より太い血管の梗塞や出血などで損傷の範囲が広い場合は、視空間認識の障害や物の使い方などがわからなくなるなどの症状を呈することもあります。症状は脳の損傷部位や程度によりさまざまです。
レビー小体型認知症
病初期から中期にかけては記憶障害があまり目立たない点が大きな特徴です。幻視、認知機能の変動、パーキンソニズムが主症状として挙げられます。
レビー小体型認知症での幻視は、動物や人など具体的でありありとしたものが特徴です。誰かがいる気配を感じるといった実態意識性という症状や人が入れ替わっているという人物誤認といった症状も呈することがあります。
前頭側型認知症
前頭葉の変性が原因となる前頭側頭型認知症では、病初期から他人の感情や表情の理解する能力(社会的認知)の障害により共感性が欠如することで、怒りっぽさなどを呈するすることがあります。
また、側頭葉症状が目立つタイプでは、言葉の意味が理解できないといった意味記憶の障害により、ものの使い方がわからなくなるといった症状が出現します。
認知症を有する人への対応
認知症になっても住み慣れた地域で自分らしく暮らし続けられる「共生」
その人の想いを聞く
認知症の人が自分の意思を表現できなくなるというのは大きな誤解です。病気が進行すれば、自分の想いを的確に表現することが難しくなることは事実ですが、部分的にでも自分の意思を表現できることができるのであれば、その想いを傾聴することが大切です。
認知症の人の言葉や行動が、一見、理解が困難に見えても、それには必ず何らかの意味や訴えがあるという視点を持つことが必要です。この考え方はパーソン・センタード・ケアいう考え方に基づくものです。
パーソン・センタード・ケアという概念
パーソン・センタード・ケアは、1989年(平成元年)に英国の心理学者であるKidwoodにより提唱されました。パーソンフッド「その人らしさ」に主眼を置き、本人の性格やライフスタイル、価値観を踏まえて医療を提供していくというケアの根本となる考え方です。
近年、様々な認知症の認知機能障害やBPSDに対する薬物療法の有効性が報告されています。それはそれで意義のあることですが、薬物による治療効果のみならず、認知症の人本人の意思を尊重し、生活の質を維持・向上させるという視点を持つことが必要です。
社会資源の活用
ご家族だけで抱え込んでしまっていませんか?
認知症の方やご家族を支えるさまざまなサービス(介護保険サービス、自治体独自サービス、民間サービス、地域住民によるサービス等)を総称し、「社会資源」と呼びます。
介護保険の活用
当院では、積極的な社会資源の活用のために、介護認定の取得をすすめます。要介護認定の結果に応じて、在宅・施設での介護保険サービスが自己負担1~3割で受けられます。サービスを利用するには、要介護(要支援)認定を受ける必要があります。申請後、認定調査、認定審査会にて介護の必要度を判定し要介護度が決定します。
その後、居宅介護支援事業所(ケアマネージャー)と適切なケアプランを作成し、訪問看護、訪問リハビリテーション、通所介護(デイサービス)、通所リハビリテーション(デイケア)、ショートステイなどを活用し、ご家族だけでなく、地域で認知症を有する方のケアの方針を決定します。このような多職種協働による支援を構築していきます。
【参考文献】
Shimada H, Makizako H, Doi T, Lee S, Lee S. Conversion and Reversion Rates in Japanese Older People With Mild Cognitive Impairment. J Am Med Dir Assoc. 2017;18(9):808.e1-808.e6. doi:10.1016/j.jamda.2017.05.017
Canevelli M, Grande G, Lacorte E, et al. Spontaneous Reversion of Mild Cognitive Impairment to Normal Cognition: A Systematic Review of Literature and Meta-Analysis. J Am Med Dir Assoc. 2016;17(10):943-948. doi:10.1016/j.jamda.2016.06.020